「個人の気の毒な体験から、それをデカイ主語全体の話にすり替えるパターン」

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注意した上で日頃のあれこれを確認しなおすと、Facebookやツイッターで頻繁に見かけるパターンなのが、「個人の気の毒な体験から、それをデカイ主語全体の話にすり替えるパターン」。個人の実情でも色々と大変だったり悲劇的なものだったり衝撃的な話だと、ついつい感情が揺さぶられてしまうのだけど、その状態で主語がいきなり大きくなって、その大きな主語全体も似たようなものだと誤認してしまう。

これって以前【「早まった一般化」「過度の一般化」というのだな、あの手法って】で紹介した、詭弁法そのものに他ならない。ネタとしては面白い、興味深いので、ついついいいねとかリツイートしてしまいがちなんだけど。


使われていたイラストは多分ここから。非常に興味深い本なので、アマゾンのほしいものリストに加えておいた。掃除が終わってからの本購入ラッシュまで残っていたら自分で買う予定。

ちなみに「個人の気の毒な体験から、それをデカイ主語全体の話にすり替えるパターン」はよくマスコミや活動家が使うパターン。特異な事例にインタビューをして感情移入させ、最後にちらりと全体がそれと同じであるかのように刷り込ませる。よく見聞きするよね。あるいは昔から繰り返されてきて、ようやくそのパターンを知ることができたまでの話なのかもしれないけど。

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このページは、不破雷蔵が2019年12月10日 07:15に書いた記事です。

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