ゲームソフトをタダで手に入れる犯罪行為とそれを正当化する大人と

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今件は以前触れた記憶もあるし、スマホアプリの普及に伴いある程度比率、絶対件数は減ってきてはいるのだろうけど(統計の取りようが無いので数量化は難しい)、根絶されるどころか一定ボリュームは残っているのだろうなあという感はあるのだけど。いわゆるゲームソフトのコピー問題。パソコン、ゲーム機に限らず、ゲームソフトをただでコピーして融通するのを是とする界隈と、それをしたらいけないと指摘したら「お前はお金持ちなんだから買えばいいじゃん。俺らは金が無いから買わないけど欲しいからコピーする」というもの。

これって一見すると「金銭的に困窮しているから仕方なく」という正当性があるように思えるし、多分に主張している側はその思惑があるのだろうけど。それが形として存在しないソフトウェアだから、盗品であるとの認識が薄い。しかもゲームが無ければ死んでしまうとか、人質に取られているペットの猫が売り払われてしまうとかいう問題では無い。自分の充足感が損なわれるだけ。

これ、「俺、小腹が減ったけどこづかい持ってないからこれタダでもらうね」と駄菓子屋からアイスや駄菓子をタダでちょろまかすのと同じなんだよね。あるいは本棚の単行本である巻が抜けていたら、ああこの部分がちょっと気持ち悪いけど、わざわざ金を出すほどのものでもないから、近所の本屋にいって盗んでこようとか。

合法的にタダのものをタダで利用する事自体は構わない。ただ、フリーミアムの概念でも、有料の部分との仕切り分けはしっかり成された上での話に他ならない。にも関わらず、本来は有料のものまで無料で無いと気が済まない、そこに存在するものが自分の手に入らないと、諦めるとか代替品を探すとか頑張って手に入るように対価を稼ぐとかじゃなく、自分が手に入らないのは世の中における理不尽だから、無料で手に入れることは正当化されると自己認識してしまう。俺が法で常識で我は必ず通す、みたいな。


まぁ確かにゲームが子供達の間のコミュニケーションツールとして存在するのなら、それが無いと孤立するかも、という懸念はあるかもしれない。でもそれは昔も今も変わらない。昔、メンコがないから勝負が出来ないので仲間外れにされるって状況があった時に、ならばお店から盗んできなさいと保護者が後押しをしただろうか。まさに盗人猛々しいどころか盗人そのものでしかないと思うのは当方だけだろうか。お金を出して手に入れるべきものが手に入らない状況下で、ならば違法行為で手に入れろとする手立てを子供に示すのは、子供を導く大人の所業として正しいのだろうか。


違法ダウンロードを常とした人と、買えなくて我慢した人。その人たちの差に関する調査は統計的に取得するのが難しいし、恐らくそのデータを取れるような時間が経過する頃には、ゲームなどのエンタメの購入スタイルが大きな変化をしているので、統計はとれず、とれたとしても意味の無いものになっている感が強い。ただ、違法コピーをして本来は有料なものをタダで手に入れるのが当たり前だという常識、習慣がついてしまった人たちは、コンテンツへの、さらには商品そのものへの対価支払いを極力忌避することは容易に想像できる。

それこそ先日の「違法ダウンロードサイトで作品読んでます」と同じように、罪の意識すらなくなってしまうのだろう。それはすでに消費者では無く、盗費者と呼ぶべきかもしれない。

この辺りは何か上手い方法が無いものかなあ、と事あるたびに模索している。自分が作り手側になるのが一番手っ取り早いのだけど、それはそれで無理な話ではあるし......ある意味、教育課程でさまざまな物の制作現場とかを見学させたり、体験させるのも良い手立てではあるんだけどね。

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このページは、不破雷蔵が2016年8月18日 07:59に書いた記事です。

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