はっと気が付く「甘え」と「頼る」の違い

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偶然とは日常的に起きるものではないけれど、起きる時には起きるよね、ということを実感させてくれるのがこのお話。先行する【はっと気が付く「ズルい」と「うらやましい」の違い】とほぼ同じタイミングで当方のツイッターのタイムライン上に舞い込んできたもので、え、これって何、何かの力が働いてるの? とか天を仰ぎたくなるほど(かなりオーバー)。こちらも先の「ズルい」同様、大いに納得させられたし、自分でも気が付かないうちにやってしまっている部分があるのだろうなあ、と考えてしまう。

自分ができるのに他人に放り投げて、そしてその行為で自分は楽をするのが甘え。自分にできないこと、困難極まりないことをお願いするのは甘えでは無く頼る。似ているけれど、自己解決ができるか否かの判断で大きな違いが生じてくる。自分でできるのだけど面倒だから放り投げは甘え、できないから助けてと救いを求めるのが頼る。なるほど。

ただ、世の中って二分法でできているわけではないので、甘えになるのか頼るになるのか、判断が難しいってのも事実ではある。中間位にあるのは手助けを求める、とでもなるのかな。宿題ならば自分でできるのに他人にやってもらうのが甘え、知らない公式などが出てきたので自分ではどうにもならないから親に聞いてみるのが頼る、なんとか自分で出来そうだけと危ういかもなぁってことで友達と勉強会を開いて助けてもらおうかなってのが手助け的な。

他方、指摘の文面では「甘え」をネガティブな面で表現するのではなく、それが出来るほどの関係にあることでノロケをアピールしている。この表現方法は見習いたい。そうか、切り口を変えれば、甘えですらポジティブな表現ができるんだ。


また「甘え」を悪と見る場面もあるかもしれないけど、それは該当者同士の問題であり、結果として双方がハッピーになるのなら、第三者は首を突っ込むべきでは無い。原則的に。原則的にとしたのは、SF商法や疑似医療などの詐称行為的方面で、この論理を悪用される場合があるから。まぁ、今件とは外れた方面のことなので、あまり気にすることは無いかな。

むしろこの「自分で出来る・出来ないの判断」ってのがかなり難しい。ただ、判断で頭を痛めて時間を費やすような難しいラインの上にあるような事案は、その悩み自身も「できない」領域に含まれている(何しろ悩んでも仕切り分けには至らなかったのだから)と考え、「頼る」に振り分けても良い気がする。

この判断を自分に厳しすぎるようにして、「これは甘えだから頼っちゃいけない」と無理をしすぎると、いつか自分のキャパシティを超えてしまい、心が折れたり体が壊れたりする。そして今件では論旨が別なので語られていないけど、「頼る」以外に「あきらめる」「別の選択肢を選ぶ」「休む」的なものも用意されているってことに気が付く、割り切りを覚えると、日常は随分と楽になる。

キリキりと厳しい線引きをしていれば効率は上がるかもしれないし、充実している時間を過ごせる......と思えるかもしれない。でも尖れば尖るほど、それ自身は折れやすくなることも忘れちゃいけないよね。

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このページは、不破雷蔵が2015年11月10日 07:46に書いた記事です。

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